音楽

ハイエイタス・カイヨーテ『Mood Valiant』フライング・ロータス主宰ブレインフィーダー電撃移籍作!

6年ぶりに<Brainfeeder>からリリースされた、ハイエイタス・カイヨーテの3rdアルバム『Mood Valiant』。
ブラジル音楽界の巨匠アルトゥール・ヴェロカイとのコラボも話題の傑作を堪能しましょう!

ハイエイタス・カイヨーテの経歴


2011年に結成されたハイエイタス・カイヨーテ(Hiatus Kaiyote)はフューチャーソウル、ネオソウル、ジャズファンクといったジャンルを超越している、オーストラリア・メルボルン発の4人組バンドです。

  • ギター&ボーカル:ネイ・パーム(Nai Palm)、本名:ナオミ・サールフィールド(Naomi Saalfield)
  • ベース:ポール・ベンダー(Paul Bender)
  • キーボード:サイモン・マーヴィン(Simon Mavin)
  • ドラム:ペリン・モス(Perrin Moss)、ビートメイカー名義:クレヴァー・オースティン(Clever Austin)

Nakamarra (feat. Q-Tip)


1stアルバム『Tawk Tomahawk』(2012年4月1日)の収録曲で、アメリカのラッパー、Qティップ(元ア・トライブ・コールド・クエスト)を迎えたバージョンの「Nakamarra」(ナカマラ)は「第56回グラミー賞」(2014年)の最優秀R&Bパフォーマンス賞にノミネートされました。

アンダーソン・パーク、ケンドリック・ラマー、ドレイク、ビヨンセ&ジェイ・Zにサンプリングされるなど、ヒップホップのサンプリングカルチャーとも親和性が高いバンドです。

アルバムの概要


3rdアルバム『Mood Valiant』(ムード・ヴァリアント)は2021年6月25日、フライング・ロータス(Flying Lotus)主宰のレーベル<Brainfeeder>(ブレインフィーダー)からリリースされました。

2ndアルバム『Choose Your Weapon』(2015年5月1日)から6年ぶり。

2018年にネイが乳がんを患い、8か月の休止期間を経てアルバム制作が再開されたものの、新型コロナのハンデミックによりリリースが遅れ、ようやく完成した傑作です。

南米ブラジルの伝説的な作曲家アルトゥール・ヴェロカイと3曲コラボしていて、全12曲ネイが作詞、4人で作曲しています。

乳がんで亡くなったネイの母が気分によって白と黒、2台の車「ヴァリアント」を乗り分けていたエピソードからつけられたアルバムタイトル。

「勇敢な気分」とも訳せるとおり、死の恐怖などの困難を乗り越え届けられた12曲を紹介します。

【1】Flight of the Tiger Lily


30秒あまりの序曲「タイガー・リリーの飛行」。

タイガー・リリーとは黒い斑点があるオレンジ色の花オニユリのことで、『ピーター・パン』の物語に登場する酋長の娘の名前です。

後述する5曲目「Get Sun」のストリングス、ブラジル・アマゾンの鳥やカエルの鳴き声、リオデジャネイロ(以下、リオ)在住のネイの友だちアナが、先住民ヴァリナワ族(Varinawa)のヴァリナワ語で鳥の名前を教えている声が使われています。

【2】Sip into Something Soft


「ソフトドリンクでも飲んで」という1分40秒あまりの小曲で、3曲目の前奏にあたる内容です。

Official Audio


鳥の鳴き声が響き、中世ヨーロッパの紳士的な「騎士道精神(シバリ―)は廃れたと言われているから、埋め合わせをする」と甘くささやいています。

【3】Chivalry Is Not Dead


「騎士道精神は廃れていない」というタイトルで、3分30秒ほどの奇妙なラブソング

Official Audio


両性具有(雌雄同体)のマダラコウラナメクジ、オスが出産するタツノオトシゴ、ホバリングをするハチドリの求愛ダンスが描かれています

Live on The Set


「3分30秒のラブソングがヒットする法則」に対する斬新なアンチテーゼ。

ボーカル、シンセ、ベース、ドラム、パーカッション、フルートなどの多層的な響きとリズムがゴージャスなフューチャーソウルです。

【4】And We Go Gentle


光を求めて「穏やかに遠くへ行く」と繰り返すムーディーなネオソウルですが、実は蛾について描かれています

アイルランドに滞在した際、ネイがペリンに「ライターを貸して」と言ったのに無視されたエピソードを元に、光に集まる蛾の話へと展開。

ネイは11歳で母を失いましたが、そのとき黄緑色の巨大蛾ルナ・モス(ヤママユガ科アクティアス・ルナ)を見たそうで、10年後、日本で手の甲に蛾のタトゥーを入れました。

蛾がモチーフの怪獣モスラつながりで、ゴジラシリーズの特撮映画『怪獣総進撃』(1968年)に登場する宇宙船「ムーンライトSY-3号」をもじった表現も出てきます。

【5】Get Sun (feat. Arthur Verocai)


アルトゥールがホーン&ストリングスのアレンジを手がけたアルバムのリード曲で、「心を閉ざしているときに太陽を手に入れる方法」が描かれています。

Official Audio


ハイエイタス結成以前にネイがギターで作っていて、2018年にオーストラリア・バイロンベイのスタジオでトラック(パート)ごとに録音していたものの、休止期間に突入。

アルバム制作を再開した際、ネイの提案により管弦アレンジを加えることになり、2019年末、ハイエイタスがリオのスタジオに行き、アルトゥールのアレンジによる管弦セクションの録音に立ち会い、コラボが実現しました。

Live on The Set


バイロンベイのスタジオで録音した際、水が貯まっていない貯水槽にアンプを入れる遊びをしたそうで、多層的に重ねられたボーカルのなかにはオーガニックなリバーブ(残響)がかかっているところもあります。

ネイが持ち寄った、ブラジルのドキュメンタリー映画『Corumbiara』(2009年3月)の鳥の鳴き声もサンプリングされました。

【6】All the Words We Don’t Say


実験音楽やエクスペリメンタルロック、フューチャーソウルなどさまざまな要素を含む、変拍子が用いられた複雑なナンバー

言葉にしない言葉がすべて音で表現されているとも考えられるでしょう。

Timeboy visualizer


<ブレインフィーダー>所属のビジュアルアーティストTimeboy(John King)によるビジュアライザーも公開されています。

【7】Hush Rattle


「静かな大騒ぎ」と矛盾するタイトルがつけられた、インタールード(間奏曲)のようなナンバー。

アナに連れられ、ネイが10日ほどアマゾンに滞在した際、コミュニティの女性たちが歌ったメディスンソング(儀式の歌)がサンプリングされていて、ネイもヴァリナワ語で「愛している、恋しい」と歌っています

最後に入っているのは、ヤクという男の子が戦士の絵を描いたから見てほしいと言っている声。

続く8曲目「Rose Water」用に録音された、南米コロンビアの縦笛ガイタのフレーズが使われていますが、テープマシンのスロー再生により速度が遅く、音程が下がっている点も聴きどころです。

【8】Rose Water


ネイが実際に電話で歌った、パートナーへの子守歌がモチーフとなったラブソング。

「ローズウォーター(バラ水)を私に注いで」とか、中東ヨルダンの砂漠にあるバラ色の古代都市遺跡「ペトラの壁のように勇敢」といった内容で、「ハヤティ」(私の人生、愛しい人)というアラビア語も出てきます。

Timeboy visualizer


ピアノとベースのリフに、コンプを過剰にかけたドラム、ボーカル、ガイタなどが重なり、変拍子を含め、複雑に変化していくサウンドが魅力です。

  • コンプ(コンプレッサー):ダイナミックレンジ(音の大小や強弱の幅)を圧縮するエフェクター
  • Musixmatch:歌詞

【9】Red Room


アルバムリリースに先立ち公開されたMVには、アルバムタイトルの由来となったクライスラー社のヴァリアント・ステーションワゴンが登場。

昔ネイが暮らしていた、夕日が差し込むと赤いガラスで全体が赤く染まる部屋について描かれています。

Official Lyric Video


5曲目「Get Sun」でのアルトゥールとのコラボに触発され、急遽リオで録音されたサイケデリックなソウルバラード。

その際、ネイのボーカルブースにも赤い光が差し込んでいたそうです。

【10】Sparkle Tape Break Up


「バラバラに輝くテープ」というタイトルどおり、変化しながらループし続けるシンセなど、バラバラなトラックをダブっぽくまとめたネオソウル。

5曲目「Get Sun」でも取り入れられた、空の貯水槽にアンプを入れてリバーブをかけるアイデアが多用されています。

ずっとバラバラではいられない。ワラタのように成長する。乗り越えられる」という歌詞は、病気を克服したネイの心情とサウンド面の両方を表しているでしょう。

Timeboy Visualiser


「ワラタ」はオーストラリア原産の常緑低木「テロペア・スペキオシッシマ」の英名です。

先住民アボリジニの言葉で「赤い花」を表していて、長く大きな葉は茎に対しバラバラ(互い違い)に生えます(互生)。

【11】Stone or Lavender


休止期間中も石のように動かないのではなく、ラベンダーの花のように輝き続けたネイが「大丈夫。乗り越えられる。私を信じて」と元気づけるピアノバラード

リオのスタジオで5曲目「Get Sun」、11曲目「Stone or Lavender」、9曲目「Red Room」という流れで録音され、この11曲目もアルトゥールがストリングスのアレンジで参加しています。

Timeboy visualizer


国内盤には13曲目のボーナストラックとしてデュエットバージョンが収録。

【12】Blood and Marrow


「血と骨髄にたどり着いた」と歌う神秘的なナンバーで、ネイの友だちが洞窟でコウモリの音を聴く体験をしたエピソードが元になっています。

Timeboy visualizer


世界初のトレーディングカードゲーム「マジック:ザ・ギャザリング」の「アヴァシンの帰還」に「骨髄コウモリ」(Marrow Bats)のカードがあり、再生や不死を表しているので、もしかしたら関連があるかもしれません。

おわりに


「ネガティブ(黒)な困難を乗り越え、ポジティブ(白)な希望を抱くには、愛(赤)が必要」といったところでしょうか。

ネイのソロ、男性陣3人のスウーピング・ダック(Swooping Duck)、ペリンのクレヴァー・オースティンなどの活動を経て、より多彩になったハイエイタス。

じっくり聴き込むたびに新たな発見があるでしょう。

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渡辺和歌
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